2012年5月12日土曜日

Lee Pace in 『グッドシェパード』鑑賞。




Lee Pace出演作。
原題;The Good Shepherd
2006年12月22日 アメリカ公開。
2007年10月20日 日本公開。


ねちこくて 色気ダダモレ おとっちゃん。五七五。
以下、ネタバレを含みます。



【あらすじ】
1961年4月17日、キューバのカストロ政権転覆を狙った上陸作戦がCIA内部の情報漏れにより失敗し、CIAは窮地に立たされる。その数日後、作戦を指揮したエドワード(マット・デイモン)の元にCIA内通者と敵側スパイと思われる男女が映ったテープが届く。彼は部下のレイ(ジョン・タートゥーロ)にその分析を依頼するが……。

(CINEMA TODAYより)


政治色の強い映画。上映時間は、なんと2時間48分。尻ごみ要素万歳だったが、フタを開けてみたらビックリ。3時間弱、まばたきもせずに見入ってしまった。この映画との出逢いの機会を与えてくれた、Leeに感謝せずにはいられない。

というわけで、まずは、その!おとっちゃんについて。

(1)禁断のおとっちゃん

おとっちゃんに関する予備知識といったら「主人公に放尿の洗礼を浴びせる上司」ということくらい。そういうわけで、正直、おとっちゃんのシーンに関しては、全く期待していなかったのでございます。

ところがどっこい!4分05秒。おとっちゃん、早くも堂々のご登場。何て粘着質な瞳なんでしょう♪主人公の「人生の要」となるところ必ず、神出鬼没に、おとっちゃんが現れます。まるで、主人公を絶えず監視しているかのよう。キャー不気味♪

腹に一物どころか「腹に百物」のキャラクター。真意を図ることなど、到底不可能な、底なしに暗黒の瞳。一度定めた「獲物」は、絶対に逃さない、蛇のような眼差し。自らの手を汚すことなく、欲しいものは必ず手に入れる。それがおとっちゃんの役柄でございます。

お隣さんにも、会社の上司にも、断固、ご遠慮申し上げたい人物ですが、こうして眺めている分には、過激にセクシーで、艶っぽいことこの上なし。


(2)オトナの男と女の駆け引き

お気に入りの台詞としてあげたいのが、主人公とドイツ人女性のやりとり。

Would you like to stay ?
今夜は一緒にいて下さらない?
Would you like me to ?
僕にそうして欲しいの?
I would like you to very much.
ええ。とっても。

こんなオトナの駆け引きに憧れます。


(3)本作について

CIAの有能な諜報員である主人公を語るに、個人的に「重要と思われたエピソード」を紹介する。

①長官に昇進するはずが忠誠心を疑われ、拳銃自殺した主人公の父親の遺書

物語最後、主人公は、それまで決して封を切ろうとしなかった父の遺書を開封し、父の願いを知る。
この場面は、主人公の人間像を雄弁に語っていると思われる。以下に紹介する。

【父親の遺書】
I was weak. A coward.
私は弱く、臆病者だ。
I compromised myself. My honor. My family. My country.
自らの愚行により、信頼を失墜させてしまった。我が名誉も、我が家族も、我が祖国も。
I am ashamed of myself.
自らを恥じいる。
(中略)
To my son, I hope you will grow to be a courageous man.
我が息子へ。何ものにも屈しない、勇敢な男性になってくれることを願う。
A good husband. A good father.
良き夫であり、良き父であれ。
I hope whatever you decide to do, you lead a good, full life.
どんな道に進むのであれ、実り多き素晴らしい人生を送ることを願う。
I hope whatever your dreams may be come true.
お前の夢がかなうことを願っている。
(以下省略)

そこに書き記されていたのは「良き夫であり、良き父であってほしい」という、息子に対する切なる願い。父は息子に「理想の人生」を託したのだ。皮肉にも、当の息子である主人公は、「父の理想」とは正反対の人生を歩んでいる。物語の最後、初めて「父の願い」を知った主人公。主人公はなんと、その「願い」に火を点けると、ゴミ箱に捨てるのである。

夢。希望。愛。友情。信頼。

人が人として、幸福な人生を歩むに必要な要素。

主人公は、半ば、国家に翻弄されて、そして半ば、自らの意思で、それら要素を「国家への忠誠心を妨害するゴミ」として手放し、燃やし、殺処分してきたのだろう。国家のために愛を捨て、国家のために家族を犠牲にしてきた、彼の人生。遺書に対する行為が、まさに彼の人生を象徴しているように思われてならない。結局のところ、彼が忠誠心を誓ったのは、家族ではなく、国家であったのだ。そんな主人公は「国家の下僕」というが似つかわしいだろう。まさしく「The Good Shepherd(良き羊飼い)」

***

②物語序盤、CIA要員となった主人公に対して、恩師が遺した言葉

これもまた、主人公の人生を暗示しているようで興味深い。
恩師は、この「遺言」のあと、「国家にとって有害な存在」として抹殺される。

【恩師の“遺言”】
Get out while you can.
抜け出せるうちに抜け出せ。
While you still believe.
国を信じられるうちに。
While you still have a soul.
魂があるうちに。

主人公は物語の最後、どういった心中で、CIAの上層へと昇っていったのだろうか。 自らの幸福の追求を犠牲にしてまで、忠誠心を捧げるに値する国家に尽くしているのだと信じてか。それとも、既に魂など失い、ただ機械的に国家に奉仕しているだけなのか。


(4)ミステリー映画としての妙味

CIAが題材とあって、政治色の濃い映画ではある。

だが、そこに留まらず、ある種の「ミステリー映画」としても楽しめるのが、この映画だ。物語序盤に起きる「不可解な事件」に端を発し、映画の随所に、謎が散りばめられていく。一見すると、それらは何ら関連性がないように思われるが、映画を終始、注意深く観察していると、その一つ一つが、強く密接に関係していることが分かる。

難解なパズルのピースを一個ずつ、はめ込んで、全体図に迫る。そうした「謎解きの醍醐味」も含まれている。

しかしながら通常のミステリー映画と異なるのは、決して「パズル」は完成しないということだ。核心に迫れば迫るほど、何が正当で何が不正か、何が正義で何が不義か、分からなくなる。それこそ正に、この映画が描いている「国家」、そのものではないだろうか。

この映画において「国家」とは、空虚で実体のない「虚像」に過ぎず、また、そんな国家を動かすのは、民意でもなければ、民意を代表する大統領でも首相でもない、ごく一部の、限られた、忠実なる国家の下僕たちであった。これが真実だとするならば・・・なんと背筋の寒くなることだろう。