2012年1月20日金曜日
『さすらいの女神たち』鑑賞。
Mathieu Amalric出演作。
原題;Tournée
2010年6月30日 フランス公開。
2011年9月24日 日本公開。
新年早々、凄い映画を観てしまった。
人生とは歓喜と失望。
しかしながら大いなる愛に満ちている。
その真理を
腹の底から、足の裏から、胸の奥深くから、泉のように湧き起こさせる。
それがこの映画だ。
ストーリーや演出などは
他の方のレビューに任せるとして
ここでは
この映画で描かれる二つの「美」について触れたい。
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先ずは【音】の美しさ。
映画全編を通して響き渡る
ありとあらゆる音の美しさと言ったら。
床を撥ねるヒールの音。
ダンサーの背中で外される
コルセットのフックの爆ぜる音。
線路を滑る、電車の音。
古い劇場の板間の軋む音。
男の罵声。女の囁き。
女の喉元で鳴る、息を呑む音。
マイクテストで叩かれたマイクの奏でる重低音。
ラジオのスイッチを切る音。
この映画を介して聴いていると
日々の何気ない「音」が
実は「美しい音色」であったことに、はたと気づかされるのだ。
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そして【肉体】の美しさ。
音楽に躍動する、バーレスクダンサーたちの美しさと言ったらない。
冒頭、ダンサーの一人が、新人ダンサーの踊りを観て言う。
「もっと自分を愛さないと」と。
自分を、自分の身体を、余すところなく愛する彼女たちは
まごうことなく美しい。
豊かな脂肪は激しいダンスの度に、踊るように揺れ、戯れる。
世間一般には忌み嫌われる脂肪の肉塊も
彼女たちにとってはかけがえのない、そして愛すべきアイデンティティなのだ。
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何の変哲もない
平凡で緩慢で無生産な人生。
年を重ねるごとに
理想とは裏腹に、無情にも崩れて行く、肉体。
つい先ほどまで、そう諦めていた人生に
実は燦然と光り輝く「美」が存在していたことを
この映画は教えてくれる。
その事実に、私の心は自然躍り出し、湧きおこる幸福感に、思わず喉が鳴った。
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この映画を観終わった時
映画館の、ふかふかのソファに身をまかせながら
貴方も、きっと酔いしれるはず。
「愛」それこそが、人生を美しく輝かせる原動力なのだ、と。
そして、輝かしい結果など出せなくてもよい、と。
何故なら「生きている」それだけで、人生は既に光輝いているのだから、と。