2013年6月7日金曜日

『イノセント・ガーデン』鑑賞。




Mia Wasikowska 主演作。
原題;Stoker
2013年3月1日 アメリカ公開。
2013年5月31日 日本公開。

Mia Wasikowskaの映画にハズレなし。




《あらすじ》 18歳の誕生日。主人公India Stokerは最愛の父Richardを不慮の事故で失う。葬儀の日、長年、行方知れずだった父の弟Charlesが何の前触れもなくやってくる。人々は口々にCharlesの華麗な経歴を噂する。だが彼の本当の経歴を知る者は、だれ一人としていない。しかしながら、謎に包まれたCharlesを、人々は怪しむどころか、ひと目見るなり、たちまちのうちに魅了されていく。ただひとりIndiaを除いて。Indiaは、Charlesの知的で柔和で紳士という、完璧な顔の下に、得体の知れぬ不気味な「何か」を嗅ぎ取っていた。Charlesを避けるIndia。極めて紳士的ながら執拗にIndiaを追うCharles。IndiaはCharlesを拒絶する一方で、彼の抗いがたい「何か」に惹かれていく。その思いは、母EvelynとCharlesの情事を盗み見たことで加速していく。

Charlesは彼女の関心を巧みに引きよせ、Indiaを自らの「何か」へといざなう。自らが手に掛けた家政婦の死体を見るにように仕向け、Indiaの大叔母殺害の証拠に気付くよう仕向け、そしてIndiaの眼前で優雅に人を殺めて。激しく震えるインディア。…しかしながらIndiaを震わせたのは恐怖ではなかった。人を殺めることへの歓喜であり、性的興奮を呼び覚ます官能であった。Charlesの鮮やかな殺人を思い出しながら、独りバスルームで欲情するIndia。

母Evelynに父の遺品を処分すると聞かされたIndiaは、形見の整理に父の書斎に向かう。そこには開かずの引き出しが。Indiaは18歳の誕生日プレゼントに贈られた鍵を差し込む。カチリとはまる鍵。Indiaは引き出しから小箱を取り出す。そこにはおびただしい数のインディア宛ての恋文が。差出人はCharlesであった。CharlesはIndiaが幼いころから、その本質を見抜き、彼女こそが自分の魂の片割れであり、生涯の伴侶であると確信していた。Indiaはむさぼるように恋文を読む。そこに綴られていたのは、彼女と同じく研ぎ澄まされた聴覚と、鋭敏な感覚を持つCharlesの、Indiaへのほとばしる思い。IndiaはCharlesに共鳴する。喜びに震えるIndiaの手から封筒が落ちる。拾い上げた彼女の目に、裏面に刻印された精神科病院の名が飛び込む。Indiaは全てを悟る。最愛の父Richardが彼女の誕生日に亡くなった理由を。最愛の娘の誕生日に父が二州も先に遠出した理由を。

Richardたちは、かつて3兄弟であった。末の弟Jonathanを、目に入れても痛くないほど可愛がるRichard。幼いCharlesはJonathanに嫉妬。兄Richardの愛を独占したいがため、Charlesは、RichardがJonathanから目を離した隙をつき、Jonathanを手に掛ける。恐怖と絶望に混乱するRichardの傍ら、殺害の興奮に恍惚とするCharles。それ以来、Charlesは、Stoker家から隔絶された人生を送って来た。CharlesはIndiaが18歳の誕生日を迎え、大人となる日を待ちわびていた。Charlesは退院日をIndiaの誕生日と決めていたのだ。病院からCharles退院の知らせを受けたRichardは、何としてでもCharlesとIndiaの対面を阻止したかった。早くから娘Indiaの本質を察知していたRichardは、Charlesの存在が彼女の本質を完全に開放してしまう「鍵」となると危惧していたのだ。だからこそ、最愛の娘の誕生祝を蹴ってまで、Charlesを遠ざけることを優先した。Richardは病院へCharlesを迎えに行くと、用意した車と当面の資金と住まいを提示し、この街から遠くへ立ち去るよう伝える。家族と再会できない、伴侶Indiaとも会えない。Charlesの怒りは、最愛の兄Richard殺害という形に結晶する。

Charlesの口から聞かされた真実に、Indiaは戸惑うどころか、何か目覚めたような表情を見せる。そしてCharlesが用意した誕生日プレゼントのピンヒールに足を通す。Charlesの手が、Indiaの足を美しいヒールに優しく官能的に導く。恍惚とするIndia。

いずれ捜査の手は迫ってくる。IndiaとCharlesは、Richardが用意したNYの住まいへ発つことに決める。出発の日。Charlesは、二人の門出を邪魔する存在であるIndiaの母Evelynを言葉巧みに誘惑し、愛をささやき、接近するや、その細首に手を掛ける。別室でCharlesを待っていたIndiaは、その研ぎ澄まされた聴覚で、二人のやり取りに聞き入っていた。そして母Evelynがこと切れる寸前、Charlesを撃ち殺す。Indiaの本質を知っていた父Richardが、その本質を飼いならさせるために、Indiaに与えた狩猟用のライフル銃で。

翌日。Indiaは父RichardがCharlesに与えたコンバーチブルに乗り、家を出ていく。その物音を、寝室のベッドの上でじっと聞いている母Evelyn。

制限時速を超えて車を疾走させるIndia。保安官が車を停止させる。運転席にやってきた保安官。Indiaは法定速度を守らなかったのは貴方をおびき寄せるためと言うと、助手席に置いてあったCharlesの剪定ハサミで保安官の首を一突きにする。路肩の草原に逃げ込む保安官の後ろ姿を、Indiaはライフル銃のスコープからじっと見つめている。狙いを定めるIndia…[THE END]

***

《メタファー》

【卵】
Indiaの周囲には、絶えず「卵」が登場する。それは例えば、卵そのものであったり、或いは卵を表象させるような背景であったり。「卵」はIndiaが孵化する前、言いかえれば、少女から大人へと成長する過渡期にある事を示唆していると考えられる。

【誕生日プレゼント】
Indiaは誕生日に毎年、サドルシューズを贈られていた。Indiaも周囲も、それは父Richardからの誕生日プレゼントと考えているが、Charlesと、古くからStoker家に仕える家政婦長のやり取りから類推すると、Charlesが用意した贈り物を家政婦長が父のプレゼントとして贈っていたように推察される。とするならば、映画の最後、Indiaが、これまで大事に取っていた全てのサドルシューズを家に置き去りにしたのは①父からの巣立ち、そして②Indiaの本質を解放したCharlesからの旅立ち、という二重の意味を持っているように考えられる。
これらサドルシューズを贈り続けたのが、Charlesであるという前提で更に考察するなら、18歳の誕生日にサドルシューズではなく、鍵を贈ったのもCharlesであり、Charlesは、まず鍵を贈ることでIndiaの本質を解放し、そして、少女から大人の女性へと孵化したIndiaに、大人の女性の象徴たる「上質のピンヒール」を贈ることで、正式に求婚を申し出たということになるのだろう。

【サイズの合わない小さな靴】
Indiaは靴擦れを起こすほどサイズの合わない小さなサドルシューズを、それでも頑なに履き続ける。サドルシューズは、甲の全てを覆い尽くすデザイン。このことは①父の教えによって、本質、即ち自我を制御し、抑圧していることへの窮屈な思いを表わしていると同時に、②自我を完全に解放してはならないという理性のクビキを象徴していると考える。

【IndiaとCharlesの違い】
両者とも殺人への衝動を常に抱えている。共鳴しあうからこそ、IndiaはCharlesをひと目見るなり、Charlesの異質な「何か」を嗅ぎとれた。だが、両者の根幹は大きく異なる。Charlesが末弟Jonathanを手に掛けたのは、兄Richardの愛を独占したいがため。その後、Charlesの暴走を阻止しようとした家政婦長や、Charlesの正体を知らせようとした御叔母を殺めたのは、Indiaへの愛の障害となるため。Indiaに言い寄った男子高校生を殺めたのは、Indiaを真の伴侶へと覚醒させるため。全ての殺人はへの果てなき独占欲によるものなのだ。対し、Indiaの殺人衝動には理由がない。ただ殺したいから。生来の殺人渇望なのだ。CharlesはIndiaを伴侶と信じて、彼女を覚醒させたが、残念ながら、IndiaにとってCharlesは、自我を解放するための通過儀礼にすぎなかったのかもしれない。

***

食道を突き抜けて喉元までせり上がってくるような艶やかな恐怖。背筋を這うような、おぞましい美。

我が好奇心は、全編を漂う、それら恐怖と美に如何とも抗うことできず、吸い寄せられていく。一方、内なる本能は、恐怖と美に粟立っている。入り乱れる感情が、私の全身を激しく脈打つ。

上映終了後、館内に明かりが灯ってもなお、私の心は『イノセント・ガーデン』の中を漂い、その後2時間、完全に放心しきってしまった。

***

若々しくみずみずしい肉体の檻に、老成した精神が閉じ込められているかのようなMia Wasikowskaは圧倒的。微細な表情のゆらめきなど彼女の一挙一動すべてが、私を激しく翻弄する。

能面のようにつるりとした表情。底なしの「闇」を感じさせるガラスの瞳。Matthew Goodeは独特の、得体のしれない美しさを放ち、私を呪縛する。『シングルマン』でも、短い露出時間ながら、その存在を鮮明に焼きつけたMatthew Goodeだが、今回も期待に違わず、目を背けることなど到底不可能な強烈な存在感で、画面を舐めるように支配していた。

Wentworth Millerによる傑出した脚本を、パク・チャヌクが妖美に昇華し、Mia Wasikowskaが、その世界観を見事に体現してみせた本作。彼らの強烈なケミストリーは、見事、私の脳をショートさせることに成功した。今年、否、これまで観てきた映画のなかでも、抜きんでて突出した存在感の映画である。

色彩感覚、光と闇、音の一粒一粒へのこだわり、静謐から激動へと変幻自在のカメラアングル。どこをとっても比類のない映画。サウンドトラックも実に素晴らしく、CD購入に至ったのは言うまでもない。

DVDでと言わず、是非とも映画館の大スクリーンで、その恐怖に陶然とし、その美に恍惚とし、『イノセント・ガーデン』に酔いしれてほしいと思う。








***

Charlesを演じたMatthew Goodeへのインタビューを見つけましたので、最後に貼り付けておきます。



ご本人は、とってもチャーミングな方ですね。同一人物とは、とてもとても思えない。
今後のご活躍に、益々期待しております。