2012年9月25日火曜日

Michael Fassbender in 『フィッシュ・タンク』鑑賞。


年の差カップル。加トちゃんぺ。


Michael Fassbender出演作。
原題;Fish Tank
2009年9月11日 イギリス公開。
2012年8月4日 日本公開。


ファス殿の 見事な胸筋 見ていたら
むね肉 欲した 「肉食」の秋

ゴシチゴ シチシチ。


【あらすじ】

崩壊した親子愛。絶ち切られた友愛。孤立無援。
笑顔など、とうに失くした、少女Mia。

何もかもが彼女の感情を逆なでる。
世の中の全てに唸り声をあげ、噛みつくMia。

幸福に満ちた笑い声は、彼女の心を切り裂く「刃」。
周囲の喧騒は、彼女の心をかき乱す「嵐」。

そんな彼女の前に、突如として「天使」が舞い下りる。
ふしだらな母が連れ込んだオトコConnor、その人である。
酒色に耽る、淫らな母を更生させるConnor。
更には、厚い氷壁の如く、凍てついた少女Miaの心に、軽々と「侵入」するやいなや、燦々と降り注ぐ太陽のように、温かく柔らかく解きほぐしていくConnor。
Miaの唯一の「生きるよすが」であったダンスを真っ直ぐに認め、評価してくれるConnor。

Connorの存在が、彼女に「ヒトの温もり」「信頼」「安らぎ」、そして「自信」をもたらしていく。

Connorとの出会いによって、人生に「潤い」と「輝き」を見出していくMia。

***

「包み込むような優しさ」で、彼女の「人生」を満たしてくれるConnor。その一方で彼は、無意識なのか、はたまた故意なのか、端々で「オトコとしての性的魅力」をMiaに突き付けてくる。

ある時は、首筋につけた香水をMiaが嗅ぐよう仕向ける。

またある時は、Connorとの情事に、激しく咆哮する母の姿に釘づけになっているMiaの視線に気づきながら、更に深く、熱く、猛獣のように母と枕を重ねる。時折、Miaに猛々しい視線を投げかけながら。

Miaは、Connorとのひとときに、確かな「平安」を実感しつつも、自然、彼を「オトコ」として意識せざるを得なくなっていく。

そして、ついに。。MiaとConnorは本能的な性欲動に駆られ、一線を越えてしまう。

翌朝、Miaには何も告げず、家を出て行ってしまうConnor。

永遠に続くかと思われた幸福の、突然の終焉。

矢も盾もたまらず、MiaはConnorの後を追う。
たどり着いたはConnorの自宅。

そこにあったのはConnorから聞いていた、年老いた母との、侘しい同居生活ではなかった。
絵に描いたような理想の家庭。愛くるしい笑顔を振りまく可愛い娘。その姿を目を細めて眺める父としてのConnor。 そして、美しい妻。

***

驚愕の事実。

激昂したMiaはConnorの娘を誘拐すると、濁流に突き落とす。今にも溺れ死にそうな娘。
はっと我に返り、一心不乱に助け出すMia。夜も更けた道を娘と引き返すと、Miaは娘をそっと家に帰す。

***

暗がりの夜道。
車が激しく往来する車道の脇を独り、身をひそめるように歩き、家路へと向かうMia。
そこへConnorの運転する車が猛スピードで追ってくる。
動揺し、必死に逃げ走るMia。猛然と追い掛けるConnor。
あっという間に追いついたConnorは、Miaを全身全霊の力をこめて、ぶつ。

自責、動揺、絶望。涙の止まらぬMia。

***

家路にたどり着いたMia。
そこには、Connorに去られ、再び酒におぼれる母が居た。

だが、今までの母とは「何か」が違う。

眼前に居る母は、以前のような、母としての自覚の欠落した、身勝手な「オンナ」ではない。
深酒に、焦点の定まらない瞳ながら、Miaに向ける眼差しには、娘を優しく包み込む「母性」が宿っている。

Miaのお気に入りのCDをBGMに踊る母。母に歩み寄ると、共に踊り出すMia。
母と子。初めて重なった魂と魂。通じ合った心と心。

そして、最初で最後の親子のペアダンスを胸に、Miaは、この家を巣立つ決意を新たにするのだった。



【Connorとは「何者」なのか】

この映画には、ご大層なまでの「丁寧な心情描写」が、一切ない。
登場人物の「胸中」は、鑑賞者の判断に委ねられている。

加えて、本作には「明瞭な起承転結」が、ない。

つまり、鑑賞後の「単純明快な爽快感」は、この映画には求められないのである。

だが、本作には、鑑賞後にジワリと心を染めてくる「独特のカタルシス」が、ある。

***

Connorの二重生活。
その真意は、映画の中では一切描かれていない。
穏やかで愛に溢れた理想の家庭の、その平凡さに、刺激を求めたオトコの、ちょっとした出来心だったのかもしれない。あるいは、身体の相性が抜群のオンナとの、ささやかな火遊びだったのかもしれない。心身の不足を満たすための、単なるアバンチュールだったかもしれない。

いずれにしても、Connorの行いが、決して褒められたものではないのは「事実」である。

されど、Connorが、MiaやMiaの家族に「誠の温もり」と「誠の信頼」、そして「誠の愛」を遺したことは、純然たる「真実」である。
そしてまた、Connorを「通過」することで、母と子が、初めて真正面から向き合い、互いの存在を認め合い、慈しみ合うことができたことも、紛れもない「真実」である。

そしてまた、Connorの存在が、Miaにとっての「通過儀礼」であった点も見逃せない。
得てして「通過儀礼」には多大なる痛みが伴う。だがしかし、その痛み、苦しみを乗り越えた時、人間は必ず、一回りも二回りも成長する。事実、Connorとの出会いを通して、Miaは、自らの意思で、己の人生を大きく変換させた。

すなわち、Connorとは「咎めを受けても致し方のない過ちを犯した存在」であると同時に、Miaにとっても、またMiaの家族にとっても「人生の航路を正すために必要不可欠な存在」でもあるのだ。

それが、Miaらにとっての「真実」である。

更に言及すれば、「負の事実が負の真実を招くとは限らない」というメッセージを、Connorから読み取ることが出来るであろう。
社会的観点から見れば「不道徳な行為」であったとしても、その行為が、相手に幸福をもたらすこともある。その象徴としてConnorは、この映画に存在しているとも考えられる。

鑑賞中、Connorに「煮え湯を飲まされた」気持ちを抱く一方で、私の心もMiaと同様、彼に「救済」されていた。
人生とは、この映画のように、往々にして、正負が表裏一体なのであろう。



【隠喩に満ちた映画】

映画のタイトルは『fish tank』。直訳すれば「水槽」か。
水をいっぱいに湛えた水槽は、一見すると、広大で、無限の可能性を秘めた「大海」と地続きのようで、その実、ガラスという無色透明の「見えざる鉄壁」によって、fishの行く手を阻んでいる。fishには選択の余地などなく、「水槽」という名の「檻」の中で、ただただ無為に回遊するしかない。しかしながら、そのfishの人生が、ある出来事によって、大きく流転する。fishは「見えざる鉄壁」を自らの手で打破すると、「大海」へと繰り出していく。
そんなfishことMiaを投影するワード。それが「fish tank」なのではなかろうか。

また「濁流」は、本作の「鍵」であろう。
物語の序盤、Connorは濁流の中で、右往左往する魚を生け捕ると、手近にあった小枝で一突きにし、そしてMiaの家の床に放置する。無残にも、猫に腹を食いちぎられる魚。それは正に、友人にも、そして実の母にも傷つけられ、見棄てられた、これまでのMiaの人生そのものであろう。
対して物語の終盤、MiaはConnorへの憤怒にまみれ、Connorの娘を濁流に突き落とすも、苦しみ悶える娘の姿に、我に返ると、泳げぬ我が身を挺して、決死の思いで彼女を助ける。それは、物語の最後、自らのチカラで、現状から「我が身」を救い出し、新天地へと旅立つMiaのその後を暗示しているようにも思われる。
「濁流」は本作において、非常に興味深い「装置」である。

***

本作は、観客に、一から十まで「情報開示」し、安易に感動を喚起させるタイプの映画ではない。
自分なりに「行間」を読み取り、自分なりの解答を、自力で得させようとする映画である。
だからこそだろうか、鑑賞後、脳内をとめどなく考察が飛び交い、脳と心にほてりを感じた、そんな123分であった。


【♪あなたと越えたい 天城越え】

天使なのか、悪魔なのか。
救世主なのか、破壊者なのか。
人生の航路を指し示してくれる「澪標」なのか。
はたまた人生の方位を見誤らせる「濃霧」なのか。

紳士で柔和で温かみに溢れた人物造形の中に、妖しさと危うさを秘めた演技で、つかみどころのない、不確定な存在感と、不可思議な魅力を放つConnorを演じきったファス殿。

♪何があっても もういいの くらくら燃える 火をくぐり
あなたと越えたい 天城越え~

と言う訳で、最後は、セクースエロ―スな、ミスター伊達ファスベンダーGIFで、どぞ。



満塁ホームラン!←おやおや、意味不明な雄叫びですねぇ。
と言う訳で(って、どいう訳で?)ピーチなヒップ。

ファス殿がお姫様だっこしてくれるんだもんねぇ。
そりゃ狸寝入りするわさ。

ファ、ファス殿の、背中の感触は如何でしたか!?!?

伝家の宝刀!
ファス殿のフィンガーアクション!!

ファス殿のフェロモンと香水が交じってるの図!!
なんちゅう18禁な芳香なのだ!!
小生、溜まらず、月に向かって咆哮!!

伝家の宝刀が絶賛稼働中ですの図!!

この後は…ご想像にお任せいたします(笑)